【コラム】ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ…川谷絵音の新曲群に表れた各バンドの独自性
ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ…川谷絵音の新曲群に表れた各バンドの独自性 https://t.co/A6JQS9yI2k
— Real Sound(リアルサウンド) (@realsoundjp) September 7, 2019
2019年の夏は、川谷絵音が関わる作品のリリースペースが凄まじかった。6月30日に行われた日比谷野外大音楽堂でのindigo la Endのライブ以降、ゲスの極み乙女。「透明な嵐」、indigo la End「結び様」「小粋なバイバイ」、ジェニーハイ「シャミナミ」、ソロプロジェクト・美的計画として、にしなをボーカルに起用した「KISSのたびギュッとグッと」、提供曲にまで目を向ければ、結城萌子「innocent moon」、DADARAY「刹那誰か」など、立て続けに新曲をリリース。しかも、そのどれもが素晴らしい。川谷のInstagramのストーリには連日「RECORDING」「撮影」といった文字が並び、「いつ休んでるの?」とファンから心配されるほどの多忙ぶりだ。本記事では、川谷自身がメンバーでもある3バンドを中心に、新曲群を一挙に紹介する。
ゲスの極み乙女。の代名詞の一つは、“ヒップホップ・プログレ・ロック”である、とは以前書いた。(参考:ジェニーハイはなぜ“自己紹介ソング”を歌う? 「ジェニーハイラプソディー」に見るバンドの強み)「プログレ」的姿勢はまさに彼らの原点であり、今回の「透明な嵐」には、初期作の雰囲気の再来を感じた。しかし同時に、疾走感のあるイントロから始まる約3分半の楽曲の中に、各メンバーの高度な演奏テクニックがさらりと詰め込まれており、強者ぞろいの「オールスター」感さえある。嵐が一瞬途切れるかのように、静かなギターリフが入ったり、コロコロ変化する展開も楽しい。ゲスの極み乙女。と言えば、スキャンダルをネタにしたような歌詞や、川谷のラップで世間を揶揄するような曲も多かった。しかし本作は、冒頭で〈くたびれない心が欲しい〉と、他人を羨む不器用な主人公が描かれ、indigo la End的な情緒も感じた。〈そんな僕〉〈損な僕〉、〈夏が終わったら 私はアナーキー〉と秋とアナーキーをかけるなど、歌詞もテクニカルで、非常に凝った楽曲である。加えてノスタルジックなサビを川谷が声を張らず歌い上げることで、全体が気持ちよく調和しているように感じた。
indigo la End「結び様」「小粋なバイバイ」は、ドラマ『僕はまだ君を愛さないことができる』(フジテレビ系)のエンディング曲と挿入歌である。川谷は、脚本は読まず、ドラマタイトルと箇条書きの資料だけで作詞作曲したという(参照:映画ナタリー)。実際「結び様」のサビでは〈結んでもないから 僕はまだ君を愛さないことができる〉とドラマタイトルを用いた歌詞が歌われている。「結び様」を聴いていると「○」のイメージが浮かぶ。〈喜怒哀楽のスロット早回しした〉〈回しても回しても揃わない当たりの気持ち〉〈ぐるぐる変わる僕〉と、おみくじやスロットを回す動作と、好きな気持ちと、好きにならなければよかったという気持ちを行ったり来たりする心情が、「○」のイメージを通して結びつけられているように感じた。そして二人が結ばれ、輪っか(○)になりたい、でもならない、というのがこの曲の味であろう。歌声の裏で奏でられる長田カーティスのギターも美しく、ピアノやコーラスの入り方も絶妙で、indigo la Endの新たな名曲が誕生したように感じた。「小粋なバイバイ」は、メロディにだけ注目すると、イントロから実に軽快だ。しかし歌われる歌詞は切なく、〈泣き損がいつも嬉しいんだ〉という歌詞は、特に印象的。1回のバイバイで涙するも、結局は終わりがこない恋心を「小粋」と表現するのも、川谷らしい。
indigo la Endのテレビドラマへの楽曲書き下ろしは初。昨今の彼ららしく、 満たされない想いのもつ苦しさと美しさを描きつつ、ドラマの世界観に寄り添う2曲となっている。両曲を通して物語から着想を得て楽曲を書くという川谷の新たな一面を見たわけだが、こういった書き方は川谷に向いているのではないかと感じた。
実はここまでの3曲全てに〈損〉という歌詞が出てきたが、「小粋なバイバイ」の〈損〉だけは嬉しさを表現している。軽快な音楽に切ない歌詞、マイナスの言葉にプラスの意味。川谷は矛盾する概念を一つにすることに長けていると思う。
ジェニーハイ「シャミナミ」は、新垣隆(ガッキー)のピアノの旋律が全体を牽引し、メンバー5人のレベルが明らかにアップしたバンド曲だ。本業が別にあるメンバーによる演奏とは思えない、もうネタバンドとは言わせないクオリティに達している。〈でも kiss you したい シャミナミナミダ〉のサビでは、思わず手を横に振ってしまうような現代風なメロディも心地よい。軽快なタッチに合わせるように、川谷のギターカッティングも弾むようだ。いつものジェニーハイ同様歌詞も面白く、〈外見がシルエットしか見えない 平安時代の恋愛の方が いっそ私には合ってたのかもしれない〉〈ハートの分譲価格は億越え〉など、川谷が参加する他バンドの色にはない歌詞に挑戦できるところが、ジェニーハイの魅力の一つ。ジェニーハイは川谷の表現の幅を広げる場所になっているし、メンバーも心からバンド活動を楽しんでいるように思う。「ジェニーハイラプソディ」に続き、本作もMV監督は酒井舞衣がつとめ、川谷の白衣姿や、ガッキーの切ない表情が見られる楽しい内容だ。MVが楽曲の価値をより高めていると言っても過言ではないだろう。
それぞれの曲の歌詞を見返してみると、この歌詞は他のバンドでは歌わないであろう、というワードがある。〈小粋〉はindigoらしい言葉だし、〈ハートの分譲価格〉はジェニーハイにこそぴったりだ。このように一つ一つのバンドの方向性がより強まっているのは確かである。しかし同時にメロディの面では、どの曲にも聴けば「川谷絵音だ」と思う「キメメロ」のようななものを、彼は着実に作り上げていっているようにも感じる。
川谷絵音の中に曲が書けないという日はあるのだろうか。これだけ曲を量産していると、一つ一つのクオリティが下がりそうなものだが、数をこなすほどコツを掴んでいるようにさえ思う。提供曲でも、それぞれのボーカリストに合わせた曲を、見事に書き分けている。これはきっと、彼個人の作業のみならず、バンドや編曲者(「さよなら私の青春」では菅野よう子とコラボレーション)などと共作していくことで積み重ねられている技術なのだろう。バンドの方向性を決め、導いていく作業は一バンドだけでも大変なことだろうと想像する。しかし、複数のバンド・プロジェクトを横断しながらアウトプットし続けることは、川谷絵音独自のアイデンティティであるとさえ思う。
10月にはDADARAY『DADABABY』、indigo la End『濡れゆく私小説』、11月には『ジェニーハイストーリー』のリリースも決定。最近では、お笑いコンビ・さらば青春の光の単独ライブに曲を書き下ろしたり、イベントで音楽の未来について語るなど、勢いはとどまることを知らない。インストファンが、気になった曲を調べたら、ichikoro(川谷絵音が参加)だったなどということも、サブスクの普及も手伝って増えているようだ。あなたが聴いているその音楽も、何かの形で川谷が関わっている作品かもしれない。(深海アオミ)
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